「ウィズコロナ」か「ゼロコロナ」か? (2021.03.07)

はじめに

昨年以降 4 月、8 月、1 月の 3 回の感染の波を経験し、 2 回の緊急事態宣言を含めて 3 回のハンマー措置を取った。 新型コロナウイルス (COVID-19) は、 日本や他の諸国の普通の自然・社会的条件のもとでは急速に感染伝播するので、 ワクチンが広く行きわたるまでの間は、 今後も年に数回のペースでハンマーとダンスを繰り返すことに ならざるを得ないと思われる。 問題となるのが、このハンマー後のダンスの期間での政策として、 「ウィズコロナ」なのか、「ゼロコロナ」なのかということである。

第 1 波の頃から、 このコロナウイルスは無症状 (または発症前) の人から感染が広がることが知られ、 周囲に感染者が居ても感染を広げないことの大切さが訴えられてきた。 手洗い、マスク、三密回避等々、 周囲にコロナウイルスが共存するもとでも 通常に近い社会生活を維持する知恵として、 「ウィズコロナ」との日本語が生まれたように思う。 さまざまなウイルスは人類が出現するはるか以前より生存 (存在) してきて、 生命の進化に大きな影響を与えてきたとも言われている。 そのような意味も含めて、 含蓄があり、的を得た表現として受け入れられてきたように思う。

一方では、武漢から始まったコロナが瞬く間に世界に広がる中で、 アジアの特に台湾、韓国などは早急に PCR 検査体制を整え、 また一時は危機的であった発祥地の中国も、 強権的措置と検査体制でほぼコロナを抑え込むことに成功している。 季節が逆のオーストラリアやニュージランドも同様である。 それらに共通している顕著な特徴は膨大な PCR 検査であり、 これらの国の対コロナ政策を指して、 「ゼロコロナ」として一括されているようである。

徳田安春氏「ゼロコロナを目指すための検査戦略」(「科学」2月号) より

岩波「科学」2月号に、 群星(むりぶし)沖縄臨床研修センター長の徳田安春氏が 「『ゼロコロナ』を目指せ」との巻頭言に続いて、 本文中で上記の短い記事を書かれている ( 「科学」COVID-19関連サイト ) 。 それを以下に要約する。

著者は沖縄の感染流行地域を対象として、 2 週に 1 回の抗原検査実施と陽性者隔離を中心とした、具体的な方策を提案している。

「ダンスを学ぶ」パート3 (検査と接触者追跡の方法) 再読

以前に触れたトマス・プエヨ (Tomas Pueyo) 氏の記事 ( 「ハンマー」と「ダンス」) の続編 (「ダンスを学ぶ」パート3 (検査と接触者追跡の方法) ) を 再度読み直してみた。

この中ではおもに、 サイエンス誌に掲載された英国オックスフォード大学グループの論文 ( オンライン版 ) の図 15a の結果をもとにして、 感染者の検査などをどのように進めるべきかを提案している。

(図 15a. コロナウイルス保持者が他の人々を感染させる経路)


この図は、ある感染者がどのような経路で二次感染を引き起こすかを示す 感染経路別の世代時間分布であり、 武漢、シンガポールなどの当時 (5月初旬) までの世界各地の感染ペアが、 詳細に吟味されたうえで採用集積されている。 横浜のダイアモンド・プリンセス号の結果も含まれている。 少し古いが、感染経路を詳細に集積している点で貴重なものである。

図の横軸はある個人が感染してからの日数 (感染年令) を示し、 縦軸はその日に他へ感染させる 1 日あたりの人数 (確率) を 感染経路ごとに色分けして示す。 例えば、感染後 5 日目の感染者について見てみると、 最も外側の曲線の高さは約 0.4 人/日となっているので、 平均して 1 日で 0.4 人 (の確率) の2次感染者が生じるが、 そのうち、

これを全期間にわたって寄せ集めたものが全二次感染者数となるので、 その全面積が再生産数 $R$ であり、 この図の場合は 2.0 となるように選ばれている ( 元のオックスフォードの論文では、 基本再生産数 $R_0$ が 2.0 であると推定されている。 多くの場合 $R_0$ は 2.5 とされているが、 各感染経路の比率を考えるのであれば、そのまま用いることができる ) 。 そのうち、前症候性感染の比率が 45 % 、 症候性感染が 40 % 、 環境性感染が 10 % 、 無症候性感染が 5 % を占めている (その後の調査では、無症候性感染の比率は これ以上にかなり高いことがわかっている) 。

この図をもとにして、以下のことが示されている。

著者はこれをもとに、いくつかの国で行われている接触者追跡の具体的方法を紹介し、 ブルートゥース・アプリの活用が極めて効果的であることを詳しく紹介している。 また同時に、接触者追跡における各人のプライバシー保護との関係が問題であり、 合意に基づく倫理的基準の明確化と透明化が重要であるとも述べている。

その後の世界のコロナ対策 (上 昌広氏の記事をもとにして)

第 2 波が収束しないまま GoTo トラベルがスタートして 第3波が近づいていた頃、 医療ガバナンス研究所理事長の 上 昌広 (かみ まさひろ) 氏が、連載記事 "医療崩壊" の中で、 無症状の感染者の存在が世界中でクローズアップされていると述べている。

前記のトマス・プエヨ氏が引用した英国オックスフォードの論文では、 無症候者(無症候性感染者)が感染拡大に寄与する比率は 5 % であり、 その比率は小さいとしてその後の計算では無視して、 発症者と発症前の感染者のみを考慮している。 しかし、 上記の具体例から考えると、 最後まで症状を示さない無症候性感染者は 30 % 以上、 場合によっては半分以上を占めるかも知れない。 しかも、感染力にはあまり違いはなさそうだ。 だとすれば、トマス・プエヨ氏の見積もり (発症者とその接触者の 70 % 以上を一両日以内に隔離) は少し甘かったかも知れないが、 結果的には、 彼が主張した 迅速で大量の PCR 検査と隔離 は、 より一層重要になると思える。

上 昌広氏は検査と隔離の重要性を繰り返し訴えているが、 記事 医療崩壊 (44) 12.07 の中では、 感染の疑われる施設・機関の全職員、患者を対象に頻繁に検査して、 感染者を「隔離」することが感染対策の鉄則であり、 世界の関心はどのように検査するかに移っているとしている。

米コロラド大学チームが米「サイエンス・アドバンシーズ」(11.20) に発表した研究によると、 大都市で大規模検査を週 2 回実施する場合、 精度は劣るが検体採集から診断までの時間の短い迅速検査 (主に抗原検査) では 基本再生産数が 80 % 低減できる一方、 採集から診断まで48時間要する精度の高い PCR 検査では 58 % しか 低減できなかった。 つまり、検査は精度より頻度が大切ということになる。

氏によると、 世界はこのような方向で動きつつあり、 米国、スロバキア、スコットランド、シンガポールなどの例が上げられている。

上 昌広氏は別の記事 ( 「東洋経済オンライン」11.25 ) の中で、 日本の第 2 波までは飲食店が中心であったが、 無症候感染者を中心とした市中感染が広がっていることを背景として、 目前の第 3波では医療機関や介護施設の院内感染対策が大きな課題となるであろうと警告していた。 事実そのとおりになったのは、報じられたとおりである。 氏はこのようなエッセンシャルワーカーに対する PCR 検査を、 公費で保障すべきであると訴えている。

日本のコロナ対策

抗体検査の結果からわかること

厚生労働省ホームページに掲載された抗体検査の結果 ( 第 1 回 第 2 回) より、過去のコロナ感染者数を推測した結果を、下表に示す。 第1波直後に行われた第 1 回は東京、大阪、宮城の3都県のみで、 第 3 波の最中の第 2 回には愛知と福岡が追加された。

抗体検査結果(厚生労働省HPのデータより)
都府県 東京都 大阪府 宮城県 愛知県 福岡県
人口 (×1000 人) 13,515 8,839 2,334 7,483 5,152
第 1 回抗体保有調査結果(6月1〜7日実施)
抗体保有率 ( % ) 0.10 0.17 0.03
推定累計感染者 13,515 15,026 700
公表累計感染者(05/31) 5,231 1,783 88
8,284 13,243 612
未捕獲者比率(〜05/31) 0.613 0.881 0.874
第 2 回抗体保有調査結果(12月14〜25日実施)
抗体保有率 ( % ) 0.91 0.58 0.14 0.54 0.19
推定累計感染者 122,987 51,266 3,268 40,408 9,789
公表累計感染者(12/13) 47,245 24,965 1,527 12,722 6,620
75,742 26,301 1,741 27,686 3,169
未捕獲者比率(〜12/13) 0.616 0.513 0.533 0.685 0.324
〃 (6/1〜12/13) (0.616) (0.360) (0.440)

まず 第 1 回の結果を見て驚いた。 なんと、大阪、宮城では感染者の 9 割近くが、 検査も隔離もされずに放置されていたことになる。 他の県はわからないが、おそらく同様であったと思われる。 この頃はまだ、無症状の感染者は常識的には感染力は低い と考えられていたようであるが、 この結果が当時問題となったような記憶はない。

第 2 回の結果では未捕獲者の比率はかなり下がっており、 PCR 検査数が増えてきたことを繁栄している。 両検査に挟まれた 6 月 1 日 〜 12 月 13 日の間の 未捕獲者の比率を取り出して見ると、 最下行のような値となる。 しかし、現在でもなお、 4〜6 割の (無症候性の) 感染者が見落とされている と推測される。

PCR 検査の現状

第 1波の当初から、PCR 検査拡大の必要性が訴えられ、 当時の安倍首相も「十分な検査能力を確保する」と何度も言ってきたが、 何か月たっても十分な数には届かなかった。

最新の世界の PCR 検査の現状は、 柳沢有紀夫氏 (在豪州文筆家) が各国在住の文筆家のネットワークを通じてまとめた結果 ( JIJI.COM 01.15 ) によると、下表のようである。

各国の延べPCR検査実施率 (総人口中検査回数の割合; 一部に抗原検査も含む)
国、地域 PCR 検査実施率 (% 約) 国、地域 PCR 検査実施率 (% 約)
香港 74 マレーシア 11
米国 (加州オレンジ郡) 67 フィリピン 6.5
グアム 63 日本 4.4
豪州 45 グアテマラ 3.6
イタリア 45 ブラジル 非公表
スイス 44 フランス 非公表
オーストリア 44

また、上 昌広氏の別の記事 ( 東洋経済 online 01.13 ) では下図の結果が示されている。


両者の間には若干の差 (イタリアで +6 % 、日本で +1.6 % ) が見られるが、 前者には抗原検査の結果が含まれているためと思われる。 いずれにしても、日本の検査数は世界の主要な国の 数 10 分の 1 であることがわかる。

PCR 検査が増えない理由

上 昌広氏は同じ記事で、日本の PCR 検査が増えない理由について、 厚生労働省が「本気で PCR 検査を増やすつもりがないからである」と述べている。 その事例として、国会での消極的答弁、 2020 年版「骨太の方針」決定に際しての PCR 検査拡大・感染症法改正方針案への抑制工作、 民間 PCR 検査に対するネガティブ・キャンペーン等を挙げている。 感染症法や行政、医療機関・保険などの 日本の医療制度に関わる問題も関係していて、 慎重であるべきであるが、 PCR 検査の拡充は目下のコロナ対策には不可欠であり、 臨時的な措置としてでも検査拡充を進めるべきであろう。

PCR 検査を闇雲に増やすと偽陽性で「感染者」となる者が増えて、 医療体制が破綻する、との主張も聞かれる。 極端な例として、感染者が非常に少ない集団で PCR 検査をすれば、 大半の「感染者」は偽陽性であることがしばしば指摘される。 しかし、それは検査対象の選び方や再検査を含めた検査方法の問題であり、 必要な検査を行わない理由にはなっていないと考えられる。

1 都 3 県の緊急事態宣言 2 週間延長に際して、 対象地域の高齢者施設等の従事者に対する PCR 検査を 実施することが発表された。 これはぜひ必要な方策であり、もう少し早い時期から取ってほしかった。 1 都 3 県に限らず、既に宣言解除している地域や他の道府県を含めて、 高齢者施設等での検査(または担当県への支援)を検討するべきであろう。

「COCOA」の不備

前記のトマス・プエヨ氏の主張では、 ダンス時の決め手は 広範な PCR 検査ブルートゥース・アプリの活用 である。 成功例として韓国や台湾の例が紹介されているが、 日本では PCR 検査に比べてブルートゥース・アプリの必要性は さほど認識されていないように思われる。 事実、アンドロイド端末用のアプリが 4 か月間も機能していなかったことが 先月初めに判明し、 行政もほとんどの利用者も気付かなかった (または、気付いても大変だとは思わなかった) のである。 このことは計らずも、 日本のコロナ対策がブルートゥース・アプリの活用を重視していない ことの、端的な証明となった感じである ( iPhone 版にも問題があるとの指摘もある)。

本来、COCOA は接触者を迅速に特定して隔離するための手段であるから、 該当する接触者は、 保健所の接触者候補リストにオンラインで直結されなければならない。 厚労省の HP で調べてみると、 接触者に該当するという記録は当人の端末から外部へ出されることはなく、 当人自身が、 「都道府県ごとの受診・相談センターなど」へ連絡して相談し、 「検査を実施することとなった場合」には、 「費用負担なしに検査を実施することができます」 との説明がされている。 まるで PCR 検査を受けるためのパスポートであり、 一刻を争って検査・隔離されるべきものとは受け取らない人が 多いのではなかろうか。

トマス・プエヨ氏が強調するように、この活用に際しては プライバシー保護に関係する倫理的問題を解決しなければならない。 COCOA でオンライン化がまったく除外されているのは、 この問題を避けるための苦肉の策であったと思われるが、 韓国や台湾の成功例をみると、 この倫理問題に正面から取り組んで基準の明確化と透明化を図り、 合意の上でのオンライン化は不可欠なものであろうと思われる ( このような対策が第 3 波以降の今回のコロナ対策に間に合うとは思えないが、 何年か後に必ずやって来る次の感染症に対応するためにも、 議論を尽くして対策を整理しておく必要はあるであろう )。

「ウィズコロナ」と「ゼロコロナ」

感染が完全に収まらない限り、 マスク・手洗い・三密回避などの各人の努力が必要であるとの意味では、 ダンスの期間は「ウィズコロナ」を念頭に置いた対策が必要である。 合わせて、「ゼロコロナ」を目指した検査と隔離の政策が必要である。 この意味では、両者は対立するものではまったくない。

マスク・手洗いはともかく、 三密回避のためには社会経済活動に何らかの制限をかけなければならない。 長く持続させたいダンスの期間では、 社会経済活動の制限はできる限り少なくしたうえで、 なおかつ、実効再生産数 $R$ を 1 以下に維持して 感染拡大を防がなければならない。 市中感染のどのレベルでこの 1 以下の状態を維持するのか という問題であり、 できることなら、市中感染をゼロ近くに保ち、 感染を心配することなく、また医療に過度の負担をかけることなく、 社会経済活動を行えることがベストである。 そのためには、 PCR などによる広範な検査と迅速な隔離が鍵になる という訳である。

「コロナ対策も大切だけれども、経済も大切」はそのとおりであるが、 市中感染のレベルが高くなるとクラスターが多発し、 どこで感染するかわからず、人々の行動は自ずから自粛ぎみにならざるを得ない。 結局は、飲食観光を中心に経済活動も停滞せざるを得ないのが実際である。 「経済は補償できるが人の命は補償できない」という点では 両者は対等ではなく、 冒頭の徳田安春氏の指摘どおり、解決の方向としては、 「ウィズコロナ」でなく「ゼロコロナ」をめざすべきであろう。 再度、そのための鍵は、広範な検査と迅速な隔離 なのである。



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